元保育士からの発信

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人は死ぬとどうなる?あの世の裁判絵を見て私が思ったこと

      2016/08/22


熊本市に住む私が、7月13日に同じ市内のデパートに買い物に行った時の出来事です。

何議なく歩いていると、ホールの案内に「玄宅寺所蔵「閻魔王と地蔵十大図」展が目についたのです。お盆の日だったので、興味が湧き、展示を見ることにしました。

この案内には、以下の説明がありました。

熊本市水前寺に位置する玄宅寺には、閻魔王をはじめとした宴界の十王や地蔵菩薩を描いた十一幅の掛軸が残っています。

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玄宅寺では、毎年7月15日にこの「地蔵十王図」のご開張が行われ、この世での悪行を戒め、先祖供養の大切さを伝えるものとして地域の人々に親しまれています。

鶴屋では、多くの方々にこの絵図に表された「教え」を知っていただこうと、お盆恒例の行事として玄宅寺より複製画を借用、展示させていただいております。

今年76歳になり、死に対して、考えることが多くなっています。18歳で母を亡くしている私です。

先祖に対しては、朝に夜にお写真の前にお香を焚き、手を合わせています。感謝の気持ちを忘れることはありません。

こんな私が、「玄宅寺所蔵「閻魔王と地蔵十大図」展に出会えたことは、先祖のお道引きでしょうか…

掛け軸の絵図に表されている「教え」を一柱、二柱丁寧に見て、読んで進みました。

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私が、初めて見る「閻魔王をはじめとした宴界の十王や地蔵菩薩を描いた十一幅の掛軸」その掛軸の絵図に表されている「教え」をそのままお届けしたいと思います。

掛軸の絵図に表されている「教え」を知りたい方は一緒に見ていきましょう。

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死ぬとどうなる?~仏教の世界で言われていること

仏教の世界では、人は死ぬと7日ごとに生前の行ないについて裁判を受けると言われています。その裁判を仕切るのが「十王」であり、その中でも最も有名なのが「閻魔王」だそうです。

そこで裁かれた死者は、罪状の重さに応じて、六道へと向かいます。

■六道とは
迷いある者が輪廻するという6種類の世界で上から、天童、人道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道に分かれています。最も罪深い罪人が向かう場所が最下層にある「地獄」というわけです。

裁判では、遺族が故人をどの程度供養しているかが、裁かれる際の材料として取り上げられるそうです。なので私達遺族は、7日ごとの法要で個人を厚く供養することが大切だということです。

■閻魔王は
六道の行き先を決定する時、遺族が故人をどの程度供養されているかが大きな力になることや、「嘘をつくと閻魔さまに舌を抜かれる」といった民間信仰において有名になられています。

次に7日ごとの裁判の内容を記載します。

どんな裁判が行われるのでしょう。ワクワクですね。

裁判  初七日(7日目)
尊名  泰広王
本地仏 不動明王
裁判の内容
書類で生前の行状について調べられます。この後”三途の川”を渡ります。

裁判  二七日(14日目)
尊名  初江王
本地仏 釈迦如来
裁判の内容
盗み、もしくは殺生について調べられます。

裁判  三七日(21日目)
尊名  宗帝王
本地仏 文殊菩薩
裁判の内容
邪淫の業(不正でみだらなこと、男女間の道外れた情事)について調べられます。

裁判  四七日(28日目)
尊名  五官王
本地仏 普賢菩薩
裁判の内容
「業の秤」で罪状の重さについて調べられます。

裁判  五七日(35日目)
尊名  閻魔王
本地仏 地蔵菩薩
裁判の内容
「浄玻璃の鏡」を用い六道(上から、天・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄)の行き先を決定します。

裁判  六七日(42日目)
尊名  変成王
本地仏 弥勒菩薩
裁判の内容
五官王と閻魔王の裁きを合わせ再審。そのうえで生まれ変わる場所の条件を決めます。

裁判  七七日(49日目)
尊名  泰山王
本地仏 薬師如来
裁判の内容
最後の審判が下り生まれ変わる場所、つまり、六道の行き先が決定付けられます。

以上が、7日ごとの裁判の内容でした。

追記されていたことに、
「七七日」以降「百か日」「一周忌」「三回忌」と続きます。そこまでを合わせて描かれることを「十王図」と呼びます。と記されています。

私たち遺族は、7日ごとの供養、盆正月の供養、そして毎日の供養と故人に対しての感謝を忘れることはありません。

今回私は、仏教の世界では、人は死ぬと7日ごとに生前の行ないについて裁判を受けることを知りました。

それで、仏教の世界で言われていること、それについて私が思うことを、纏めて見たいと思います。

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死ぬとどうなる~私が思うこと

仏教の世界では、人は死ぬと7日ごとに、生前の行ないについて裁判を受けます。

その重さは、遺族がどの程度供養しているかを、裁かれる材料として取り上げられのです。

生前の行いには、どんな行ないが取り上げられているか、もう一度見てみましょう。

  • 14日目の裁判:盗み、もしくは殺生について
  • 21日目の裁判:邪淫の業(不正でみだらな、男女間の道外れた情
           事)
  • 28日目の裁判:業の秤(罪状の重さ)
  • 35日目の裁判:浄玻璃の鏡を用い六道、天・人・修羅・畜生・餓
           鬼・地獄)の行き先を決定。
           
  • 浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ、じょうはりきょう)とは、
    閻魔が亡者を裁くとき、善悪の見きわめに使用する地獄に存在するとされる鏡である。 閻魔王庁に置かれており、この鏡には亡者の生前の一挙手一投足が映し出されるため、いかなる隠し事もできない。
    Wikipedia

  • 42日目の裁判:五官王と閻魔王の裁きを合わせ再審
  • 49日目の裁判:最後の審判が下り生まれ変わる場所。六道の行き
           先が決定。

7日ごとに行われる裁判の内容を知った時、故人を供養することは、お先祖様に対して当たり前だと思っている私です。

今回、「人は死ぬとどうなる?」のか、仏教の世界を知った時、7日ごとに行われる裁判の内容から、人は行きている内の行いが大事であることを強く学びました。

自分では、良いことだと思ってやっていることが、周りに迷惑かけていたりすることありますよね。

自分の思い通りには、ならない!「我慢する心」が大切だと母は何時も言っていました。

そして、人に親切にしなさい、意地悪はいけないとも。

18歳で母を亡くした私は、七日ごとの供養をする時、死んだ者が、生き返る薬を誰か発明してくれないかなぁと毎日、毎日言いながら、メソメソしていました。

母の死を受け入れることが出来ず、父や姉たちを困らせていたことが遠い昔になります。

こんな私が、76歳になり、だんだん近づいていく自分の死後の世界のことが、気になっているのです。

今回「「玄宅寺所蔵「閻魔王と地蔵十大図」展」に出会い、死後の世界を幸せに生きるために、何をしなければいけないことが分かりました。

私は、死ぬ間際に、「いい人生だった」と死にたいと何時も思っています。その生き方は…

いい人生だったと思える生き方は

  • 100%自分に恥じることなく毎日を過ごす
  • 私は生きていると実感できる生き方をする
  • 常にこれ以上ないベストを尽くす
  • どんなにつらくても現実を丸ごと受け止める
  • 恐怖を克服する
  • 人生に逆らうのではなく受け止める
  • 他の人に親切にする
  • 愛する人のために時間を割く
  • 故人に感謝し毎日手を合わせる
  • 今この瞬間に感謝する(お陰様で、ありがとうを口に出して言う)

今私が行っている生き方です。この生き方を貫き通したいと思います。

最後に

私がデパートホールの案内でみた「玄宅寺所蔵「閻魔王と地蔵十大図」展のことについてお届けしました。

掛軸に説明されている内容に釘づけになった私です。

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仏教の世界では、人は死ぬと7日ごとに生前の行ないについて裁判を受けるということは初耳でした。

掛軸の説明を読んでいる内に、お先祖様に対する供養は、「七七日」以降「百か日」「一周忌」「三回忌」「50回忌」も済ませているので安心はしたものの、もっともっと供養しなければと思っています。

76歳になる私です。

今回の「玄宅寺所蔵「閻魔王と地蔵十大図」展は、私にとって、とっても勉強になった展示でした。

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